オリンピック選手の視座と心構えが作り出す成果
ミラノ・コルティナオリンピックも残すところあと数日となった。
連日激戦をテレビ観戦している。
オリンピックを目指して、口では言い表しがたい事象を乗り越え、自分自身の時間の大半を選手としての成果のために使ってきた出場者の姿を見るだけで、尊敬の念を抱くと共に清々しい気持ちにさせてもらっている。
怪我をしながらも出場する選手、メダル候補と言われながらオリンピックの魔物と出会ってしまう選手、大逆転ありとどの競技にもドラマがあり目が離せない。
その中でもフィギュアスケート男子のイリア·マリニン選手のフリーは誰もが予想できなかった内容で、直視できない程の乱れようだった。
先に開催された団体戦で日本チームの追い上げが激しく、予定していなかった種目にもチームからの要請で出場しなくてはならなかった影響だろうか。
演技が終わった途端に頭を抱えるマリニン選手。
このような姿勢は今までに一度も見たことがない光景だ。
悲痛な表情で採点結果を待つなか、テレビへ点数が映し出されるより前に観客の悲鳴が聞こえた。
フリー15位、トータル8位。誰がこのような結末を想像しただろうか。
打ちひしがれた様子の彼を見て私はカメラの前にはいたくないだろう等と勝手な想像をしていると、マリニン選手が優勝した選手へ歩み寄り、声を掛けハグをする姿が映し出された。
多くの選手たちが見せる共に戦う仲間を称えるスポーツマンシップが表された姿勢であり、珍しい光景ではないのだが、この心理的に余裕のない状況でも即座に祝福の言葉を伝えに行く彼の姿勢に正直演技時間とは別の感動をおぼえた。後の報道で知ったが「君こそがチャンピオンに相応しい」と伝えたらしい。
ネガティブな状況の時にその人の在り方が見えると言われるが、自分自身が長い時間をかけて目指し続けた成果を得られなかった時に、心から他者の成果を賞賛することができる人は、ビジネス界においてもどれぐらいいるのだろうかと考えてしまった。まさしく在り方が問われていると思うと共に、彼が見ている世界を考えてみた。
彼が目指したのは勝敗以上に自分の限界を超えることに価値を置いていたのかもしれない。そういえば、今までにも「最高の演技をすること」と口にした選手は多くいた。
競技はお互いを高めある場でありライバルがいるから、他者の成功=自分の敗北ではないという視座を完全に自分の物にしている状態ともいえる状態であろうか。
ビジネスの世界でも既にこの視座を得ている人たちも存在し、その人たちはそれに見合う成果を得ているのであろう。