奴隷をチームにすることはできない
エジプトの95%は砂漠
今年3月、古代の歴史に興味がある四女と妻とともにナイル川クルーズの旅を楽しみました。出発直前にアメリカとイランの戦争が始まり、心配ではありましたが現地は穏やかでした。
ルクソール空港で出迎えてくれた現地ガイドは、日本語が流ちょうなエジプト人でした。彼は「昨年の秋に、2度目の日本旅行に行きました。とにかく感動したのは日本の山には緑があるということでした」と語り、エジプトの山は岩ばかりだと教えてくれました。
カイロからルクソールへの空路で眺めると、確かにナイル川周辺のみ緑や農地が見られ、ナイル川から離れると果てしない砂の台地が広がっていました。エジプトの95%は砂漠です。人口は日本とほぼ同じ1億2000万人。ナイル川流域の居住可能な5%に1億人以上が暮らすという人口密度の高い国です。
エジプトはナイルの賜物である
「エジプトはナイルの賜物」とは、ギリシアの歴史家ヘロドトスが『歴史』の中で用いた言葉です。なぜ「賜物」とまで表現したか。ナイル川の氾濫によって上流から肥沃な泥が運ばれ、砂漠の中に広大な農地を生み出したことを指しています。乾燥したエジプトにあってナイル川の氾濫は人智の及ばない神聖なる恵みでした。古代エジプト人は周期的な氾濫に合わせた農業を開発し、シリウス歴を発展させ、豊かな統一国家を築いたのです。
今回の旅ではナイル川をさかのぼりながら、カルナック神殿、ルクソール神殿、デンデラ・ハトホル神殿、王家の谷、ツタンカーメンの墓、ハトシェプスト女王葬祭殿、メムノンの巨象、セティ1世の墓、エドフのホルス神殿、コムオンボ神殿、イシス神殿、アブ・シンベル神殿といった有名な遺跡を巡りました。さらにカイロに戻り、ギザのピラミッドやスフィンクス、大エジプト博物館も訪ねました。どれも圧倒的な迫力と歴史の重みを感じさせるものでした。
アブ・シンベル神殿は古代エジプト第19王朝のファラオ、ラムセス2世がカデシュの戦いの勝利を記念して紀元前13世紀に建築した巨大岩窟神殿です。アスワン・ハイ・ダムの建設により水没する危機を乗り越え、ユネスコの主導による大工事で岩山ごと切り分けられ、移築された奇跡の神殿です。今回の旅で最も多く目にしたのが、偉大なるラムセス2世の石像でした。
「出エジプト記」に、ラメセスという街を建設したという記述があることから、預言者モーセと対決したファラオとはラムセス2世だろうと言われています。そこでヘブライ人(イスラエル人のエジプトでの呼称)が奴隷として、経済的に豊かなエジプトにいた時期は紀元前14世紀末から紀元前13世紀のエジプト新王国第19王朝の頃だと学者たちは推定しているようです。
しかし、記録好きなエジプトにもかかわらず、エジプトにはヘブライ人に関する記録が岩壁にもパピルス紙にも一切残っていないというのも不思議です。そのため、出エジプトの物語が実際に起こったのかどうかははっきりしませんし、史実であったとしても「出エジプト記」に書かれているほど大規模な出来事ではなかった可能性が高いと考えられています。
神殿やピラミッドを作ったのは誰か
巨大な岩を正確に積み重ねたピラミッドを4500年前の人間が作れるはずがないと私は疑っていたので、宇宙人が建設した説や滅亡した古代の人類の超技術によるものだという俗説に対して、私は「そうかもしれない」という気持ちを少し持っていました。今回、はっきり分かりました。あれらの古代の遺跡はすべて人間が作ったものです。その証拠がいくつもありました。建設技術と手法についても解明されてきています。
では、神殿やピラミッドを建設したのは誰なのか。出エジプト物語の奴隷ではありません。支配者による過度なコントロールで動かされた人々では、正確かつ卓越した技能による芸術的創造は不可能です。ピラミッドや神殿の設計は驚くほど精緻で、砂岩や大理石、花崗岩などには無数の彫刻や鮮やかな色彩が施されています。壮大な公共事業を担った建設者は、エジプト人の職人や訓練された労働者、専門家集団でした。彼らが住居、食事、医療などでかなり優遇されていたことが遺跡から分かっています。
「やらされている」感覚の被害者集団が恐怖のモチベーションで動かされた結果として、数千年の風雪に耐える建築物を残すことはないでしょう。あれらの偉大な建造物を作ったのは職人の誇りだったのだと確信しました。長年にわたる過酷な労働を引き受けた古代エジプト人の輝く瞳を私は想像しました。
もし奴隷たちが命懸けでチームを作るとすれば、それは反逆の狼煙を上げる時です。しかし、ビジョンの共有や部族としての誇りがなかったら、集団としての方向性を失い、リーダーを責める烏合の衆となっていくことでしょう。「出エジプト記」にも方向性を見失う集団の中でのモーセの苦悩が描かれています。
大エジプト博物館で感じた誇り
余談ですが、今回の旅の最後に2025年11月にグランドオープンした「大エジプト博物館」を訪れました。ギザのピラミッド近くの広大な敷地に、7000年の歴史にまつわる10万点を超える展示物が並びます。やはり、ツタンカーメンの墓に埋葬されていた無数の美しい財宝は圧巻でした。
この巨大な博物館が日本の支援で完成したと知りました。日本政府が842億円の融資を行い、建設だけではなく、遺物の保存と修復の技術でも協力をしています。館内の案内や解説はアラビア語、英語、日本語で表示されています。エジプト人は日本に感謝していると現地ガイドから何度も言われました。私は日本人として誇りを感じました。
最後に、ピラミッドや神殿と言った偉大な建造物は、誇りを持った職人や専門家集団によって生み出されたものです。恐怖や強制ではチームは成立しません。集団がチームとして機能するためには、誇りや目的意識の共有が不可欠なのです。
