理念を自分の仕事に翻訳する方法
― 一生懸命受け身のサイクルから理念実現サイクルへ ―
前回、私は「理念は掲げるものではなく、生きるものだ」と書きました。
では、なぜ多くの組織で理念を生きることが実現しないのでしょうか。
その理由は、社員の意識が低いからではありません。
原因はもっと構造的なところにあります。
それは、仕事の定義が違うのです。
仕事の定義がサイクルを決める
多くの組織では、知らず知らずのうちに「上から言われたことをやるのが仕事」という暗黙の定義に囚われています。組織が大きくなると、本社が方針を決め、現場が実行する構造が強まります。それ自体は合理的です。組織としての効率や生産性も上がるでしょう。しかし、その代償として、理念を実現することではなく、上から言われたことを正確に実行することが仕事になるのです。この定義が一生懸命受け身のサイクルを生みます。
一生懸命受け身のサイクル
① 指示が出る
② 期待以上の成果を出そうとする/少なくとも指示通りにやろうとする
③ 結果が出ることもあれば、出ないこともある
④ 結果が出ると評価が上がる、結果が出ないと評価が下がる
⑤ ますます指示通りにやろうとする
⑥そこに指示が出る(①に戻る)
多くの組織では、社員がこのサイクルにまじめにそして一生懸命に取組みます。「方針が上から降りてくる」「目標が上から降りてくる」という言葉を使ったり聞いたりしたことが誰しもあるのではないでしょうか。上から降りてきたことに必死で取り組む。これが、知らず知らずのうちに社員の受け身の姿勢を強化してしまうのです。その結果、「自分が創り出す」という意識が弱くなり、本来発揮できる主体性が徐々に影を潜めていきます。
受け身のサイクルに潜む被害者意識
さらに、目標が数字だけで語られるとき、数字は「評価の基準」になります。私たちは長い年月、点数や成果で評価され続けてきました。小中高、大学も含めて、テストの点が良いとほめられ、悪いと叱られ、社会人になってからも、達成すると評価があがり、未達成だと評価が下がるという体験を繰り返してきました。
数字が良い=認められる
数字が悪い=否定される
この体験を繰り返せば繰り返すほど、結果=自己価値という錯覚を心に植え付けてしまいます。つまり、目標を達成する人は価値があり、未達成の人は価値がないかのような扱いを受けるのです。真実は「全ての人が価値ある人」です。達成する人はその価値を発揮して目標に取組み、未達成の人は、自分の価値を充分に発揮していなかったというだけなのです。
こうして、数字は社員にとって「理念実現の道しるべ」ではなく「自分が評価される嫌なもの」へと変わります。ですから、高い目標にチャレンジして成長しようという意欲よりも、未達成に終わって低い評価をもらいたくないとか、チャレンジして失敗したくないという意識が優先されてしまうのです。
さらに、そのような意識で目標に取組むと、目標達成が義務のように感じてしまいます。
そのことも、挑戦よりも安全を選ぶことや、創造よりも失敗しない方法を選ぶことを強化します。その結果、
・高い目標に取組まされてやる気が出ない
・上層部は現場を理解してくれない
・責任は上にある
・言われたことをやっているので自分は悪くない
・新しい挑戦は避ける
・やってもどうせ達成できない
・波風立てず言われたことを淡々とやる
という受け身の構造が強化されていくのです。
サイクルは構造で決まる
では、受け身のサイクルから理念実現のサイクルに転換するためにはどうしたらよいのでしょうか。答えはひとつ。「上から言われたことをやるのが仕事」から「理念を実現することが仕事である」に仕事の定義を変えるのです。とはいえ、現実はそんなに簡単にはいきません。ビルの中にいると建物の構造が見えにくいように、組織の中にいる人ほど、自組織の構造に気づきにくい。そんな時は、構造を見るよりも、以下の3つの問いを持つことで、構造を変えることができるのです。
第一の問い「うまくいっていない現状を創っている要因は何か?」
どの組織にもうまくいっていない状態はいくつもあります。
例えば、
反対意見が出ない。
幹部が決めない。
現場が動かない。
それらは問題であり“結果”ともいえます。
その状態を生み出している要因は何か。
それらを赤裸々に吐き出すことから始めます。
第二の問い「現状を創っている要因が、私にあるとしたら、それは何か?」
この問いに取組むには、少し勇気が必要かもしれません。
しかし、自分の外側にある要因をいくら言葉にしたとしても、それらは「誰かが」解決することです。私たちが変えられるのは、自分自身と自分がまわりに与える影響だけです。その結果、他の人が変わることはあるかもしれませんが、私たちが人を思うように変えることは実際にはできません。ですから、まず、自分の中にある要因に目を向ける必要があるのです。ただし、これは自分を責める問いではありません。自分という可能性を閉じ込めていた思い込みに気づく問いです。勇気をもってその問いに飛び込み、本気で取組めば取り組むほど、本質的な要因と出会うことができます。
第三の問い「あなたの組織の存在意義はなんですか?」
一生懸命受け身のサイクルの中にいると、上から言われたことに一生懸命取り組みますから、目の前の仕事をこなしていくことが最優先となり、組織が掲げている理念は忘却の彼方に追いやられてしまいます。私たちの日常はやることにあふれています。上から言われたことをこなしていかなければならないからです。それらに取組むことは重要ではありますが、もっと重要なのは、日々の仕事を「なんのために」やっているかが明確になっていることです。それが会社の理念です。使命とかビジョンとか組織によってさまざまな表現がありますが、その共通点は、「貢献」です。企業は社会の公器であるとは、松下幸之助の有名な言葉ですが、企業というのは、世の中に貢献することがその存在意義なのです。ですから、あなたがしている仕事は、必ず、誰かの、何かの役に立っています。自分の会社が、組織が、仕事が、どのように世の中に役に立っているのか、これを明確にして、全てをそこから始めるのです。それは、あなたが仕事をする誇りを取り戻す体験にもなるでしょう。
理念実現サイクル
仕事を「理念を実現すること」と再定義すると、流れは変わります。
① 理念の言葉を「私が」実現すると決める
② 一歩踏み出す
③ 取り組み続け、結果から学ぶ
④ 実績と信頼が積み上がる
⑤ 理念が自分と一体化する
⑥ ますます「私が」実現する意思が高まる(①へ)
存在意義が明確になると、自分の会社や仕事が世の中の役に立っているという実感を持つことができます。そして、人は、「誰か/何かの役に立つ」ことを本当は望んでいるというのも事実です。ですから、存在意義を明確にすることは、働く人のモチベーションを健全にあげていくのです。貢献するという意識が、私たちをワクワクさせます。自分がやっている仕事の「価値」を見出すといってもよいでしょう。その想いから、もう一度自分の仕事を見てみると、お客様への貢献こそが仕事であり、それを「やりたくなる」自分に気づくのではないでしょうか。そのとき、あなたの主体性の扉はもう開いています。
構造の違い
一生懸命受け身は「管理構造」。理念実現は「創造構造」。
そんなふうにも言えるのではないでしょうか。
前者は統制を強めるほど安定しますが、創造性は弱まります。
後者は当事者性を強めるほど、成果の質が高まります。
存在意義から始める
そして、その出発点が存在意義です。私たちは何のために存在するのか。自分たちがいなくなったら、世の中は何を失うのか。理念とは、貢献の宣言です。仕事を「義務」から「価値」へ戻す。その瞬間、サイクルは変わります。評価で動く組織から、価値で動く組織へ。
守りのエネルギーから、創造のエネルギーへ。あなたの組織では、仕事はどのように定義されているでしょうか。その定義が、あなたの組織の未来を決めています。そして、その定義を決め直せるのは、あなたです。
