一枚岩会議🄬を野中郁次郎の視点から考察する
知識経営の生みの親である野中郁次郎は、『経営とは、人間の営為そのものであり、「生き方」である。
壮大な共通善の実現に向かって、目の前の現場・現実・現物の流れのなかで、文脈に応じて時空間を共創し、新たな意味や価値を生成する、ダイナミックで社会的なプロセスである。』(二項動態経営 日経BP日本経済新聞出版 P180から抜粋)と述べています。
ある企業が、急激な成長に伴い、組織改革を推進するために、外部人材数名をボードメンバーとして採用しました。彼らに期待されたのは、従来のアナログな経営から、科学的手法を取り入れた洗練された経営への移行でした。彼らは期待に応えようと、従来のやり方に次々にメスを入れていきます。生え抜きのボードメンバーは、従来のやり方が立ち行かなくなるストレスを感じながらも改革推進に協力しました。どうしてもついていくことができず、会社を去ったメンバーもいたようです。外部から来たボードたちは、外様と呼ばれていました。
そんな時に、縁あって一枚岩会議🄬を実施することになりました。社長からは、ボードメンバーを一枚岩にしたいと言われました。
存在理由を明確にすることで、共通善に向かう戦略が生まれる
私は、ボードメンバーが目覚ましい成果を手にするチームになることを意図しました。なぜなら、それが一枚岩会議🄬の目的だからです。共通の目的~野中氏が言う「共通善」~に向かって具体的な成果を協力して手に入れることを通して一枚岩のチームが生まれます。弊社取締役であり、一枚岩会議🄬(チームコーチング)の開発者である田近秀敏氏の言葉を借りれば、「勝って和す、和してさらに勝つ」 です。
一枚岩会議🄬の中で、彼らは、自分たちの存在理由を明らかにしました。これこそが「壮大な共通善」です。野中氏も、『「われわれは、なぜ存在するのか」という存在目的を示すことにより、関係性が広がり、人の記憶にも残る戦略が生まれる』(二項動態経営 P186)と言っています。
ボードメンバーたちは、共通善から戦略をつくっていたのではなく、科学的手法を導入し改革を推進するための手順をつくっていました。改革推進派にとっては共通善だったかもしれません。しかし、従来のやり方に慣れていたボードメンバーにとっては、仮に「共通」ではあったとしても「善」にはなっていなかったことでしょう。
存在理由を明確にし、所有することで、共通善に向かう戦略が生まれてきます。改革推進レベルから存在理由レベルへ視座を高め、その視点で経営課題を設定することで、改革推進の意味や価値~改革を推進することは、設定した経営課題に取組む重要な手段である~をボードメンバーが共有しました。つまり、科学的手法を取り入れることが、生え抜きメンバーの腹に落ちたのです。
野中郁次郎は、こうも言っています。『もちろん、経営戦略を実践する段階においては、科学的手法を取り入れる必要があろう。しかし、最初に「何のために」という生き方やロマンがないと、内発的動機は生まれない。戦略は実行されず、結局、形骸化してしまうのである』(二項動態P188)
「外様」から「譜代」へ ― 成果と共通善が生んだ変容
実際に、ボードメンバーは、3か月間、3回の一枚岩会議🄬を経て、全員で合意した経営課題に全員で協力して取組み、いくつもの成果を手にしました。3回目の一枚岩会議🄬で、外部から来たボードメンバーのひとりが、「自分たちはもう外様ではない、これからは譜代の一員だ」と言ったことが印象に残っています。
一枚岩会議🄬を活用して彼らが変えたことはいくつもありますが、最も変化したのは、彼らの「生き方」といえるでしょう。共通善に向かうためには、部門最適という視点を超えて、全体最適に向かうわけですから楽な道ではありません。今まで取り組んだことのないような高い目標に取組む必要も出てきます。それに立ち向かい、成果を手にするためには、今までの考え方、やり方を超えて、いままでしなかった考え方ややり方にチャレンジしていかねばなりません。そのプロセスが、目覚ましい成果を創る可能性の扉を開きます。そして、気づくと働き方だけでなく「生き方」そのものが変わっているのです。
経営が生き方そのものであり、生き方があなたの経営を創るとしたら、あなたが本当に望む生き方を選択することは可能です、そのチャンスを受け入れる覚悟をしさえすれば。
