理念は「正しい」。しかし、なぜ実現しないのか。
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理念は「正しい」。しかし、なぜ実現しないのか。
ここまでのコラムで、理念は掲げるものではなく「生きるもの」であり、仕事に翻訳され、場の中で実現されていくものだとお伝えしてきました。
その上で、あえてこの問いに向き合ってみてください。
「あなたの組織の意思決定は、何を基準に行われていますか?」
この問いに、即答できるでしょうか。
意思決定とは、何かを決めることです。
そして何かを決めるとき、そこには必ず“基準”があります。
言い換えれば、「なぜその結論を選んだのか」という根拠です。
私自身、会社員時代を振り返ると、意思決定の多くは次のようなもので行われていました。
・数字(売上、利益、予算達成、採算)
・前例(これまでどうしてきたか)
・力関係(上司の意向、キーマンの発言)
・空気(波風を立てない、場を収める)
さらに、「落としどころ」という言葉もよく使っていました。
「こちらがこれだけ譲歩しているのだから、そちらもお願いします」
そんなやり取りの中で、結論を見つけていく。
どれも、極めて現実的で、合理的で、仕事を前に進めるために機能しているものです。
実際、これらを巧みに使いこなし、周囲を納得させながら物事を前に進める人が「優秀」と評価されていました。
私自身も、そうなりたいと思っていました。
ここで、重要なことをはっきりさせておきます。
これらはすべて、必要な「判断材料」です。否定されるものではありません。
問題は、これらがそのまま「最終的な判断基準」になっていることです。
例えば、こんな場面です。
「この案件、利益は出るのか?」
「ギリギリですが、黒字にはなります」
「じゃあやろう」
あるいは、
「このやり方、現場かなり負担が大きいです」
「今期は数字が厳しいから、まずはやり切ろう」
または、
「前回どうしてた?」
「前と同じでいいんじゃないか」
「じゃあそれで」
ここでは誰も間違ったことは言っていません。
むしろ、合理的で、スピード感のある意思決定です。
しかし、ひとつだけ、決定的に欠けている視点があります。
それは、
「その判断は、私たちの理念に照らしてどうなのか」
という問いです。
そして、ここが最も重要なポイントです。
この問いがなくても、仕事は回ってしまう。
むしろ、その方が速く、摩擦も少ない。
だからこそ、理念は使われないのです。
では、この状態を続けると何が起きるのか。
最初は、何も問題は起きません。
むしろ、仕事はスムーズに進みます。
しかし、静かに、確実にズレが蓄積していきます。
・部門ごとに判断が変わる
・上司が変わると方針が変わる
・短期的には正しいが、長期的には違和感が残る
・人によって「正しさ」が違う
そしてあるとき、こうなります。
「結局、何を大事にしている会社なんだっけ?」
ここで一つ、立ち止まって考えてみてください。
もしあなたの組織で、同じような状況で異なる判断が下されるとしたら——
その違いは、何によって生まれているのでしょうか。
数字を優先したのか。
関係性を優先したのか。
空気を読んだのか。
つまり、その都度、基準が変わっているのです。
理念とは、本来この“ブレない軸”になるものです。
・誰が判断しても大きくは変わらない
・短期と長期のバランスが取れる
・組織としての一貫性が積み上がる
そのために存在しているはずです。
しかし現実には、理念がなくても仕事は回ってしまう。
だからこそ、理念は否定されることもなく、静かに意思決定の外側に置かれていきます。
もしここまで読んで、あまり違和感がないと感じたとしたら——
それは、危険信号かもしれません。
理念がなくても回る組織は、短期的には機能します。
しかし長期的には、
・判断の一貫性が失われ
・組織としての信頼が積み上がらず
・人がそれぞれの“正しさ”で動き始める
という状態に向かっていきます。
では、どうすればよいのでしょうか。
必要なのは、「理念を大切にしよう」と呼びかけることではありません。
意思決定の中に、理念を“組み込む”ことです。
数字も見る。前例も参考にする。現場の負荷も考える。
そのうえで、
「それは、私たちの理念に照らしてどうなのか?」
この問いを外さないこと。
そして、その問いから逃げられない“場”をつくることです。
理念は、掲げているだけでは機能しません。
理解しているだけでも、動き出しません。
意思決定に使われて、初めて“生きる”ものになる。
ここに、理念経営の分岐点があります。
そしてその分岐は、日々の会議や対話の“あり方”の中にあります。
あなたの組織の意思決定の場は、
本当に理念を使わざるを得ない構造になっているでしょうか。
