社長依存組織(Founder Dependency)の病理
「裸の王様」
『裸の王様』という童話があります。1837年にデンマークの作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンが発表しました。凡そ、このような物語だったと記憶しています。
服をあつらえることが大好きな王様がいました。そこに現れた「バカには見えない布」で服をつくるという詐欺師の巧妙な話し方と振る舞いに王様もその家来たちも騙されてしまいます。
本当は誰も見えていないのに、服が見えているふりをします。自分だけがバカだと思われたくないために、誰もが「王様、素敵なお召し物でございます」と感心したように賛辞を贈るのです。王様自身も本当は見えていないのに、バカな王様だと思われたくないので自画自賛するのです。
王様は詐欺師がつくった「バカには見えない服」を着て、家来たちとともに城の外に出て、領民たちに新しい服を披露します。沿道の大人たちは口々に王様の新しい服に感動するのです。ところが無邪気な子供が叫びます。「王様は裸だ!」と。
ここでやっと人々は真実に気づくのです。王様も騙されていたことに気づき、真実に気づかせてくれた子供に褒美を取らせるのです。
「裸の王様」状態の組織
「この会社は、私がいなければ一日だって回らない」
夜遅く、誰もいなくなった静かなオフィスで、あなたは一人そう呟きながら胸を張ります。すべての意思決定を自ら行い、難局を打開してきた過去の成功体験。自分の判断こそが常に最適解であり、自分が先頭に立ち続けることこそが組織への最大の貢献だと、疑いもなく信じ切っていました。
しかし、その「自負」の正体は何だったのでしょうか。
沈黙という名のイエスマン
ふと、日中の幹部会議の光景が頭をよぎります。あなたが提示した事業方針に対し、誰も異論を唱えませんでした。「何か意見はあるか」と尋ねても、返ってくるのは静寂と、静かな頷きだけ。実は、あなたの周りに存在していたのは、沈黙という名のイエスマンたちでした。
かつては「皆が自分の強いリーダーシップに納得し、信頼してついてきている」と満足感を覚えていたその光景。しかし今、思い返せば恐ろしい事実に突き当たります。彼らが沈黙していたのは、納得していたからではありません。「何を言っても無駄だ」「ボスの逆鱗に触れたくない」と諦め、思考を完全に停止させていたからでした。
周囲をイエスマンで固め、無意識のうちに異論を排除してきたのは、他の誰でもないあなた自身でした。賞賛と順従に囲まれているうちに、自分の本当の姿も、組織が直面している真実も見えなくなっていたのです。まるで『裸の王様』で、見えない服を「素晴らしい」と褒めちぎる家来たちに囲まれ、有頂天で歩いていた王様のように。
手放せない理由は「存在意義を失う恐怖」
なぜ、あなたはすべてを握りしめ続けてしまうのでしょうか。権限を移譲できない理由を「まだ任せられる人材が育っていないから」と配下のせいにしてはいませんか。
しかし、胸に手を当てて深く問いかけてみてください。その根底にあるのは、管理手法の不足などではなく、「権限を手放せば、自分の存在価値がなくなってしまう」という恐れそのものではないでしょうか。
自分が組織にとって不要になることへの恐怖から、無意識に幹部たちの意思決定能力を奪い、自分に判断を仰がざるを得ない悪循環を作り出していたのです。過去の努力と成功体験が鎧となり、自分自身を縛りつけ、未来の挫折の原因を今まさに生み出しています。
鏡の中の自分へ問いかける
事業の真の価値とは、創業者やトップが不在であっても、自律的に回り続ける仕組みにこそあります。リーダーが本当に持つべきなのは、すべてを支配する力ではなく、チームを信じて手放す「覚悟」です。
今、静かなオフィスで一度立ち止まり、鏡の中の自分をじっくりと見つめてみてください。
あなたは今、周囲を黙らせる権力という名の幻想を纏(まと)い、裸で立っていませんか。その幻想の鎧を脱ぎ捨て、仲間へと決断を委ねる一歩を踏み出せるかどうかが、組織とあなた自身を次なるステージへと導く分岐点なのです。
