理念は「掲げるもの」ではなく、「共通の景色」を創るもの
どの組織にも理念があります。
そして、理念が存在しているということは、その組織が、何らかの形で世の中の役に立っているということでもあります。
理念には、「私たちは何のために存在しているのか」「誰に、どのような価値を届けるのか」が込められています。
つまり理念とは、単なる標語ではなく、組織が世の中に対して果たそうとしている約束です。
しかし、多くの組織では、その約束が日々の仕事と少しずつ切り離されていきます。
理念は知っている。
朝礼で唱和もしている。
研修でも学んでいる。
それでも、現場では「目の前の業務を回すこと」が優先されていく。
そして気がつけば、“仕事を滞りなく回すこと”そのものが仕事になっていくのです。
もちろん、仕組みは必要です。
組織が大きくなればなるほど、再現性や生産性を高めるためには、仕組みで動くことは有効です。
ただ、人は放っておくと、「なぜこの仕事をするのか」を考えることより、「決められたことをこなすこと」に流れていきます。
実は、そのほうが楽だからです。
組織が陥る「一生懸命受け身」の状態
一方で、本当にお客様の役に立とうとすると、そうはいきません。
もっと役に立つ方法はないか。
今のやり方で、本当に喜ばれているのか。
そのために、何を変える必要があるのか。
考え、試し、工夫し、ときにはこれまでのやり方を壊さなければならないこともあります。
決して楽なことではありません。
だからこそ組織は、放っておくと「一生懸命受け身」の状態に入っていきます。
皆、真面目に頑張っている。
しかし、自ら問いを持ち仕事を進化させるのではなく、決められたことを懸命にこなすことが仕事になっていく。
すると、本来は組織が世の中の役に立つために存在していた仕組みが、いつのまにか、その原点を忘れさせる方向に働き始めるのです。
対話が生み出す「共通の景色」
では、どうすれば、組織は再び「何のために存在しているのか」に立ち戻ることができるのでしょうか。
私は、その鍵は「場」にあると考えています。
例えば、こんな時間を想像してみてください。
「私たちの仕事は、お客様にどんな役に立っているのだろうか」
誰かが問いを投げかける。
最初は沈黙が流れるかもしれません。
営業は営業の立場で答える。
製造は製造の苦労を語る。
管理職は数字や責任の話をする。
すると、初めは噛み合わないことも少なくありません。
しかし、それでも対話を続けていく。
「本当に大事にしたいことは何か」を、簡単に答えを出さずに話し続けていく。
すると、少しずつ変化が起き始めます。
それぞれが見ていた景色に、重なりが生まれてくるのです。
「ああ、自分たちの仕事は、ここにつながっていたのか」
「本当に優先すべきなのは、そこだったのか」
理念とは、言葉を覚えることではありません。
「私たちの仕事はこのように役に立っているのだ」と、“見ている景色”が揃い始めることなのです。
そして、景色が揃い始めると、組織の中に流れる空気が変わり始めます。
何を優先するのか。
何をやめるのか。
どこに時間を使うのか。
誰に、どんな価値を届けたいのか。
その判断基準が、少しずつ共有されていくのです。
すると、今までは「できない理由」だったものが、「乗り越えるべきテーマ」に変わり始めます。
人手が足りない。
時間がない。
予算がない。
以前なら、そこで思考が止まっていたものが、「それでも、お客様の役に立つために何ができるか」を考え始めるようになる。
限界に向き合い、工夫し、乗り越えていく。
その体験が、組織に少しずつ自信を育てていくのです。
経営陣が問い続けることから変化は始まる
そして、その変化の起点となるのは経営陣です。
ここで言う経営陣とは、役職の上下ではありません。
管理職を含め、「組織の方向性に責任を持つ立場」の人たちすべてを指しています。
私は、その方々に、経営の一翼を担っているという誇りを持ってほしいと思っています。
その経営陣自身が、メンバーと共に問い続ける。
「私たちは、誰の、どんな役に立っているのか」を。
理念を掲げるだけで終わるのではなく、何を優先するのかを決め、何をやめるのかを決め、対話を重ねていく。
人は、「言われたこと」以上に、「リーダーが本気で向き合っていること」の影響を受けます。
だからこそ、リーダー自身が問い続ける姿勢が、組織の景色を変えていくのです。
組織を変える特効薬はありません。
原点に立ち戻り、
問いを持ち、
対話を重ね、
小さな実践を積み重ねる。
その地道な繰り返しだけが、組織の景色を少しずつ変えていくのだと思います。
このコラムを読み終えたあと、ぜひ、たった一つの問いを自分自身に投げかけてみてください。
「私たちの仕事は、お客様にどのように役立っているのだろうか?」
まずは、自分自身が、その問いを持ち続けること。
“共通の景色”は、そこから少しずつ生まれていくのだと思います。
