ボールだけを見ていたら打てない
先日、後輩である元プロ野球選手と一緒に、ビジョントレーニングの先生を訪ねる機会がありました。
その先生は、かつて阪急ブレーブスの黄金期を支えた名選手たちの眼の機能検査やビジョントレーニングを担当され、現在でもメジャーリーガーを含む多くの選手が訪ねてくる方です。
今回同行した後輩も、大学、社会人を経てプロ野球の世界に入り、2000本安打を達成した選手です。現役時代には高い盗塁阻止率を誇り、後に野球殿堂入りも果たしています。
その二人の会話を横で聞いていて、いくつもの気づきがありました。
先生は彼の眼の使い方を見て、こう言われました。
「こういう眼の使い方をするトップアスリートは初めて見た」
どうやら、かなり力を入れて見ているらしいのです。先生が「肩や首が凝らないか」と尋ねると、彼は「力を入れている感覚もないし、肩も首もあまり凝らない」と答えていました。
その後に出てきた彼の言葉が、とても印象的でした。
「僕は小さい頃から目が悪くて、はっきりとモノが見えたことがないんです。ずっとメガネでしたから。小学生の頃から野球をしていましたけど、だいたいこのあたりかな、という感じでやっていました」
横で聞いていた私は、思わず心の中で突っ込みました。
「だいたいこのあたり、で首位打者を取るのか」と。
ところが先生は、それを聞いて「それがよかったんだろうね」と言われたのです。
野球のボールは、ピッチャーの手を離れてからホームベースを通過するまで、わずかな時間しかありません。眼で情報を取り入れ、脳で判断し、それから打つか打たないかを決めていては間に合わないそうです。
さらに、人は一点に集中すればするほど身体に力が入り、動きが鈍くなる。だからこそ、全体を捉えるように見ることが重要なのだと言われました。
私は「ボーっと見るということですか」と尋ねました。すると先生は、「ボーっとではない。全体を捉えながらボールを見るということです。指導者はよく『ボールをよく見ろ』と言うけれど、ボールだけを見ていたら打てない」と言われました。
その場で簡単な実験もしました。
一点に集中して立っている人を後ろから押すと、それほど強く押していなくても身体は前に出てしまいます。ところが、全体を捉えるように見て立つと、後ろから押しても身体が動きにくくなるのです。
一点に集中すると重心が上がり、身体に力が入る。全体を捉えると力が抜け、重心が下がる。
その話を聞いたとき、ふと思いました。
これは、チームコーチングでいつも話していることと同じではないか。
組織も、目標だけを見つめすぎると力みます。
売上目標、達成率、KPI、短期成果。もちろん、目標は大切です。数字も必要です。結果を追うことも、組織にとって欠かせません。
しかし、目標だけに視線が固定されると、いつの間にか周りが見えなくなります。メンバーの状態も、顧客の変化も、組織の空気も、そして本来大切にしていた理念も見えにくくなっていきます。
目標に集中しているつもりが、実は組織全体の重心を上げ、力みを生んでいることがあるのです。
一方で、経営理念や目的を念頭に置きながら、その中で目標を見ることができるチームは違います。目標を見失うのではありません。目標だけを見ることはしないのです。。
自分たちは何のためにこの仕事をしているのか。誰にどんな価値を届けたいのか。この目標は、理念とどうつながっているのか。目の前の成果の先に、どんな未来をつくりたいのか。
そうした全体像を持ったうえで目標を見ると、チームの動き方は変わります。力みが少なくなり、判断に余白が生まれ、対話が増え、周囲の変化にも気づきやすくなります。
これは、仕事における「眼の使い方」なのかもしれません。
人は、自分が慣れた見方を無意識に繰り返します。成果だけを見る人。問題ばかりを見る人。できていないところに目が向く人。一人で背負おうとする人。逆に、周囲に任せすぎてしまう人。
見方には、その人の癖が出ます。そしてチームにも、チームとしての見方の癖があります。
だからこそ、チームには時々、自分たちが何を見ているのかを確認する時間が必要です。
目標を見ているのか。理念を見ているのか。顧客を見ているのか。メンバーの状態を見ているのか。それとも、目の前の忙しさだけを見ているのか。
一流のアスリートは、ただ視力がよいのではなく、ものの見方が鍛えられているのだと思います。
同じように、一流のビジネスパーソンや強いチームも、ただ情報を多く持っているのではなく、ものごとを見る視点が鍛えられているのではないでしょうか。
仕事も、眼の使い方で変わる。
一点だけを見つめて力むのではなく、全体を捉えながら、必要な一点に反応する。その感覚は、スポーツにも、仕事にも、組織づくりにも共通しているように感じます。
チームコーチングが扱うのも、まさにこの「見方」の部分です。
正解を外から与えるのではなく、チーム自身が、自分たちは今どこを見ているのかを問い直す。目標と理念のつながりを確認する。互いの見ている景色を共有する。そして、もう一度チームとしての重心を整えていく。
今回、ビジョントレーニングの先生と元プロ野球選手の会話を聞きながら、改めて感じました。
目標を見ることは大切です。しかし、目標だけを見ていては、本当に大切なものを見失うことがある。
全体を捉えながら、一点に向かう。
それが、アスリートにも、ビジネスにも、そしてチームにも必要な「眼の使い方」なのだと思います。
